鬼火(第八夜)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

大家に相談を受けた浮多郎は、お好の部屋を調べることにした。
「怨霊などあるものでしょうか?」
大家は恐る恐る、障子戸を開けた。
「何かいつもとちがう様子はありませんか?」
大家にたずねながらも、浮多郎は土間の台所から調べ始めた。
次に押入れを開けると、重ねた布団が、乱れていた。
隅の柳行李の中の衣類が、乱雑に押し込んであった。
・・・中の証書と小判は、すでに大家が自宅に引き取っていた。
見上げた六畳間の天井板が微かにずれていた。
四つん這いにさせた大家の背に乗った浮多郎は、天井板をずらして天井裏を覗いた。
特に何か隠したあとはなかった。
「畳がちょいと変ですな」
四つん這いになったまま、大家が足元から声を挙げた。
「ほら、見てください。ここの畳がわずかにめくれあがっています」
浮多郎も屈み込んで見ると、たしかに中央の二枚の畳が微かに反り返っていた。
大家とふたりで、畳を引き剥がすと、床板が見えた。
その床板が畳一枚の大きさに切り取られ、蓋のような四枚ほどの板の四方が釘で打ちつけてあった。
しかし、その釘は甘く、容易く板を持ち上げることができた。
・・・下には黒い地面があるだけだった。
『下手人は、お好を拷問にかけ、長屋の床下に隠したお宝を見つけたのだ!』
―岡埜に聖天稲荷まで足を運んでもらった浮多郎は、お好の部屋の床下のからくりを説明した。
「岡埜さまの大嫌いな推論というやつを、いってもよろしいですか?」
そう浮多郎が下手に出ると、岡埜は否とも応とも答えず、ただ嫌な顔をした。
「お好の前の亭主の忠吉は山師で、諸国を巡って金脈だかを探していたのが、ついにお宝を見つけて仲間と掘り当てた。そいつを独り占めにした忠吉が江戸へ逃げ込んで、長屋の床下に隠した。仲間のひとりの弦蔵が忠吉を探し当てたが、すでに死んだと知って、お好に近づいた」
ひと息ついた浮多郎は、岡埜が上がり框に腰を下すのを見て、話を続けた。
「お好が知らないというのを真に受けた弦蔵は、忠吉が玉姫稲荷の先の雑木林をよく散歩していたと知り、雑木林を虱潰しに調べた。お宝を見つけられずに江戸の暮らしに溺れた弦蔵にしびれを切らした仲間が、弦蔵がすでにお宝を手に入れ、隠したのだろうと、江戸へやってきて弦蔵を拷問にかけた。弦蔵はお宝の在り処を知らなかったので、死ぬしかなかった」
「お前の当て推量とやらに、すでに間違いがある」
岡埜が話の腰を折った。
「はあ」
浮多郎が意外の顔をすると、
「忠吉というやつは、金鉱を探す山師などではない。やつの正体は、諸国を股にかけて豪農などの蔵を荒らす大泥棒の一味ぞ」
岡埜は、「どうだ」とばかりに勝ち誇った顔をしたが、顎をしゃくって、浮多郎に話の続きをさせた。
「・・・堅気の暮らしに戻ろうとした、その大泥棒の忠吉は、お宝を独り占めにして江戸に逃げ込み、弦蔵があとを追ってきて、さらにその弦蔵を他の仲間が追ってきた。ここいらに、間違いはないでしょうか?」
岡埜は何もいわなかった。
「弦蔵は、拷問で死んでしまった。それで次にお好が狙われた。お好は、忠吉が床下にお宝を隠すのを見ていたのでしょう。それで、盗賊たちは灯りを点けて床下を掘るために、灯りを点けた。・・・これが、長屋の住人たちには鬼火に見えた」
「まあ、推論はどこまでいっても推論でしかない。今ごろ、やつらは、お宝を抱えて中山道か、東北道か・・・。ところで、そのお得意の推論で、忠吉の首の後ろの錐の穴の由来をやってみろ」
岡埜は、意地の悪い笑いを浮かべた。
「・・・そうですね。お宝を独り占めにしてどこかに隠した忠吉を、仲間が拷問にかけた。それに耐えたので、なんとか放免された、というところで?」
「ちがうな。なんと、やつは今までの罪を悔いてキリシタンになった。それを仲間に密告され、例の拷問にかけられ、いとも簡単に転んだのだ。長崎奉行所の記録にあった」
・・・忠吉たち盗賊一味の最後のヤマが、長崎だったのだろうか?
―身寄りのないお好は、大家の計らいで、三ノ輪の浄閑寺の吉原女郎の無縁仏の墓に合祀されることになった。
納骨の日、楼主の慈悲で一刻だけ吉原を出ることを許されたお光は、大きな墓標の前で手を合わせた。
お光の後ろは、大家と浮多郎だけだった。
「お願いがあります」
涙を流すだけ流したお光は、振り向いて浮多郎をじっと見つめた。
「若親分さん。おっかさんを殺した下手人を捕まえてください。・・・必ずですよ」
必死に訴えるお光の目の光に、浮多郎はたじろいだ。
・・・下手人たちは、お宝を手に、すでに江戸を離れてしまったではないか。
そのとき、浮多郎の脳裏にひらめくものがあった。
『お好が、長屋の床下に忠吉がお宝を隠したのを白状したのなら、どうして、押入れや天井裏まで家探ししたのだろう?・・・しかも、二日もかけて』