鬼火(第九夜)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

浮多郎は、もう一度お好の長屋を探ってみようと聖天稲荷へ出かけた。
大家は店におらず、店番の老婆の出してくれた渋茶をすすってしばらく待つことにした。
小半刻ほどすると、怒りで顔を真っ赤にした大家がもどってきた。
「こんなひどい話は、ない」
日ごろの温厚さをどこかに置き忘れたように、大家はまくし立てた。
「お光を買いもどしに、金をそっくり返すからと吉原に談判に行ったんだが。いやはや、やつらが亡八と呼ばれるのはその通りと思ったね。あの人でなし、何と答えたと思う?」
談判はうまくいかなかった、ということだけは分かったが、はて?。
「『たった三日だけとはいうが、いったん吉原の女郎になったからには、年季が明けるか、身請けしてもらわなければ、吉原からは出せない』と来たもんだ。ひでえ話だよ。身請けの金かい?・・・買った金の十倍にお披露目の祝儀分を上乗せだそうだ」
腹の虫の収まらない大家をなだめ、お好の長屋に上がった浮多郎は、前と同じように畳と床板を持ち上げ、這いつくばって地面を丹念に調べた。
わかったのは、地面にはお宝の箱とかを置いた形跡がまるでないということだった。
お好は、忠吉がお宝を床下に隠すのを見たのは間違いない。
・・・それを白状したのに、殺されたお好が哀れだった。
床下でお宝を見つけられなかった盗賊たちは、二日にわたって家探ししたが、結局見つからなかった。
おそらく、忠吉がお好のいない時を見計らって、床下から持ち出し、別の場所に隠したにちがいない。
・・・ということは、やつらはまだ江戸にいる。
それもこの近辺に!
―浮多郎は、東洲斎に助っ人を頼み、日暮れを待って玉姫稲荷の裏手の木立へ向かった。
とっぷりと日の暮れた木立の中ほどで、鬼火が揺らめいていた。
足音を忍ばせて杉の古木目指して進むと、牢人者がカンテラで照らす中を、ふたりの男が祠を持ち上げているのが目に入った。
三尺ほどずらした祠の下を、こんどは鍬で掘り出した。
浅い穴の中から千両箱を引き上げた男たちは歓声を挙げた。
「御用だ!」
十手をかざした浮多郎が突進した。
泡を喰った牢人者が、カンテラを放り投げ、抜刀しざま浮多郎に斬りかかった。
「カキーン」
東洲斎が抜いた脇差でその切っ先を受けたので、鋭い音が木立の中にこだました。
上段に振りかぶった牢人者が、真っ向微塵と斬りかかるのを横に半歩踏み出してかわした東洲斎が、脇差を払った。
牢人者は、宙をつかみ、枯れ木のように前のめりに倒れた。
十手で打ち据えたふたりの盗賊を玉姫稲荷まで引き立て、大鳥居に縛りつけた浮多郎が、もどると、祠がいつの間にかもとの場所に収まっていた。
「浮多郎どの。大金を奉行所に渡してもつまらん。盗んだとはいえ、千両箱は忠吉のものだ。忠吉とお好が死んだ今では、これは娘のお光とやらが受け継ぐのが順当ではないか」
そういい捨てると、東洲斎は暗闇の中へと消えていった。