東洲斎日和(第一夜)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

『今戸橋の橋桁に、心中者の溺死体が引っ掛かっている』と、豆腐売りが番屋に届け出た。豆腐売りは、橋場、清川、今戸と売り歩き、空の桶を天秤棒で担いで花川戸にもどる途中、朝靄が漂う河口をながめていて見つけたという。
男は下帯ひとつ、女は腰巻ひとつで、抱き合うようにして腰のあたりを縄で縛っていた。
死体を引き揚げ、今戸橋すぐの慶養寺の境内に並べて菰を被せ、奉行所の定町廻り同心の到着を待つ間、番屋の番太郎が気を利かせて、使いを泪橋へ走らせた。
「死体がほとんど水膨れしてませんね」
菰を剥いで死体を見た浮多郎がすぐにいった。
「ということは?」
番太郎は、歳こそいっていたが、あまり溺死体など見たことはないようだ。
「息があれば、水を呑むということです。水を呑めばからだが水膨れします」
「なるほど。・・・死んでから、身投げしたということで?」
じぶんでおかしなことを口にした、と分かった番太郎は、声を出して笑った。
「男の喉を見てくだせえ」
「匕首だか鋭い刃先で突いたあとがありますな。ははあ。これは、喉を突いて自死をしたということですな」
「女の喉にも、同じような刃先のあとがあります」
番太郎は、浮多郎の十手の先を見て、首をひねった。
「お互いに喉を突き合って心中したとなると、どうしてからだを縛り合って川に飛び込んだのか。それも裸になって・・・」
そんな掛け合い漫才のような話をしているところへ、少女が境内に駆け込んできた。
「お父う」
少女は裸の男の死体にすがりついた。
ちょうどそこへ、小者を連れた定町廻り同心の水島源五郎がやってきた。
水島は、少女を浮多郎にあずけて、男と女の死体を改め、何やら手控え帖に書き写してから、
「浮多郎、この子の家まで同道して、心中の片割れの男の身元を確かめろ。確かめたら、次はこの女の身元を割り出せ」
と命じた。
いま、『心中の片割れ』といったが、水島同心はこれを他殺ではなく、あくまで心中として処理しようとするのだろうか?
泣きじゃくる女の子の手を引いて行こうとすると、水島は「待て」と制し、十手で女の腰巻をめくり上げた。
「やはりな。この女は、梅毒持ちじゃ。陰部がだいぶただれておる。おおかた吉原崩れだろう」
水島は、おぞましいものに触れたかのように、十手の先を女の腰巻でぬぐった。
梅毒などの性病をわずらった女郎は、一時は療養所に隔離するが、治る見込みがなければ、年季明けを待たずに親元へもどされる。
これだと、たいていの親は引き取らないので、吉原女郎は岡場所などで、死ぬまで客を取ることになる。
少女は、浮多郎の手を引いて、今戸橋を渡った。
聖天稲荷裏の崩れかけたようなおんぼろ長屋の入り口に立った少女に、
「この長屋かい?」
と浮多郎は確かめた。
・・・浮多郎には、この長屋は馴染みの場所だった。