東洲斎日和(第三夜)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

「ですから、要蔵と女はそれぞれ別の侍に喉を突いて殺され、抱き合い心中のようにぐるぐる巻きにされて山谷堀に投げ込まれたと思われます」
浮多郎は、八丁堀の地蔵橋たもとの岡埜の役宅へ出向き、じぶんの見立てをいった。
東洲斎が描いたふたりの侍の似顔絵も見せたが、
「瞳に残った殺人者の顔だって?おへそが茶をわかすはこのことさね」
岡埜は、まったく取り合わない。
「水島が心中といえば、心中でないか!」
下駄のような四角い顔を真っ赤にして、岡埜は怒った。
同僚の水島源五郎が担当する案件に首を突っ込みたくないのは、見え見えだった。
やむなく、浮多郎は浅草界隈の聞き込みに回った。
浅草寺裏から聖天稲荷一帯の銘酒屋を聞いて回ったが、酌婦がいなくなった話はなかった。もっとも、吉原崩れの梅毒持ちの女を抱える店はないだろうが。
ここでひらめいた浮多郎は、五重塔の裏通りの夜店を仕切る辰治をたずねることにした。
「この辺で殺しだって?昨夜ねえ・・・」
長いキセルをふかしながら辰治は首をひねった。
下帯ひとつでもまだ暑いのか、大きな蝦蟇のように汗を噴き出し、年増の妾に大きな団扇であおがせていたが、とても追いつかない。
「吉原崩れで梅毒持ち?・・・前に、俺のシマの夜店で冷やかし客の袖を引く夜鷹がいたな。この頃とんと見かけん。ここいらでまともに相手にするやつはいないんで、河岸を変えたか」
―浮多郎は、夜鷹のお島が住むという花川戸の姥ケ池ほとりの長屋へやってきた。
角の雑貨屋で、ほとんど廃屋といっていい長屋の、まともに使える一室だけがお島の部屋と教えてもらった。
破れ障子戸を叩いたが、応えがないので、勝手に障子戸を開けて入った。
土間はひび割れ、中ほどには大きな穴が開いていた。
上がりの四畳半に、汚れた袷の襟をはだけた、四十がらみの男が横になっていた。
男は浮多郎をじろり見たが、何をいうでもなく腹ばいになり、煙草盆を引き寄せて煙管を口にくわえた。
「お島さんのお宅はこちらで?」
浮多郎がたずねても、男は空の煙管を吸うだけで答えない。
「お島さんはお出かけで?」
二度目の問いかけに、
「いないね」
と、男は、はじめて声を出した。どうも声を出し惜しみする悪い癖があるようだ。
「きのうの夜はいましたか?」
「手前、かあかあカラスじゃあるめえし。うるせえんだよ!」
男は、怒り出した。
「今朝、今戸橋の橋桁に引っかかっていた心中者の死体を引き上げました。どうも心中ではなく、昨夜殺されて山谷堀に投げ込まれてようで」
「何、昨日の夜だって?・・・お島のやつ、とうとう帰ってこなかった。男と夜逃げでもしたかと思ったが」
がばっと跳ね起きた男は、お島の情人なのか?
ともかく、男を慶養寺へ同道して亡骸を見てもらうと、果たして、女は夜鷹のお島と判明した。
三年ばかりお島に喰わせてもらっていたという男は、
「最近は、山谷堀の提の下に吉原詣での若い男を引っぱり込んで稼いでいたんだが、えれえ目にあっちまったなあ」
さっきのふてくされぶりとは裏腹に、えらくしょげ返った男は、今にも泣き出しそうだった。
が、どうもお島の死を悲しんでいるでもなく、これから先のじぶんの喰い扶持を心配しているようだった。
―聖天稲荷裏の長屋に、東洲斎をたずねたが、不在だった。
「つい今しがた出かけました」
と大家は、煙草屋の土間に水を打ちながらいった。
しきりにすすめるので、店の奥の三畳の座敷にあがって冷たい麦茶をいただくことになった。
女は吉原崩れのお島という夜鷹と判明した、と大家に伝え、
「要蔵さんはこの女とは知り合いではない、ですね」と念押しすると、
「滅相もない。要蔵さんに限って、そんな夜鷹と・・・」
大家は恋愛沙汰と誤解したのか、本気で怒り出した。
浮多郎が麦茶を呑んでひと息いれたのを見計らって、
「要蔵さんが配った最近の瓦版です。どうもこいつが元で殺されたと、ひとり合点してるんですがねえ・・・」
と、大家は棚から一枚の瓦版を取って畳の上に広げた。