東洲斎日和(第七夜)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

要蔵の簡素な葬儀が、慶養寺で執り行われた。
仕事を休んだ長屋の大工が、棺桶を乗せた荷車を日暮里の焼き場まで引いた。
位牌を胸にした悦が従い、大家と長屋のかみさんたちが三人ほどそのあとに続いた。
まさに貧者の行進だった。
立つこともかなわない内儀は、長屋の病床で手を合わせていた。
東洲斎の姿はどこにもなかった。
―遺骨を抱えた悦がもどると、長屋のほとんどのひとたちを呼び寄せた大家が、酒をふるまった。
「要さんも、こんな病人と幼子を残して、さぞかしこころ残りだろうねえ」
「ただの瓦版売りをさ、抱き合い心中もどきで殺すなんざ、鬼畜生だ」
狭い要蔵の家に片寄せあって集った長屋の住人たちは、非道な殺しを口々になじった。
大家が、『姥ケ池の夜鷹のお島とは、心中でも何でもない。殺人を隠すための細工だった』とことあるごとにいったので、心中などと思う長屋の住人はひとりもなかった。それに、要蔵が病気の妻と悦を、いつも気使っているのもよく知っていた。
「ああ、みなさんに伝えたいことがある。東洲斎先生からの申し出で、この家の家賃は先生がもつそうだ。だから母子はいつまでもここにいられる。もっとも、先生は『これは内密に』ということだが、黙ってられなくて・・・」
大家がいうと、
「あの貧乏絵描きの先生が!」
「なら、おれたちが輪番で、毎晩ここへお菜を持ち寄ろうじゃないか。悦は、長屋のみんなで育てよう」
などと、酒の勢いもあるのか、それぞれが賛意を口にした。
内儀は、袖で顔を隠し、ひそかに涙を流した。
―その時、「ごめん下さいまし」と、開けっ放しの障子戸の陰から美しい女が顔を覗かせた。
みんながいっせいに顔を向けたので、女は頬を赤く染めた。
「東洲斎さまより、こちらへお届けするようにと申し付かりました」
といって、連れの若い女とふたりで、どこかの料亭のふたりの板前が肩に担いだお重を受け取り、長屋へ運び入れた。
長屋の連中は大喜びで、奪い合うようにして手にしたお重をめいめいが食べはじめた。
「こんなきれいなお姐さん、見たことない」
「先生の奥さんで?」
「髭も剃らず、髪もぼうぼうの乞食絵描きと思ってたけど、先生も隅におけないねえ。こんな別嬪さんを嫁さんにして」
「乞食は余計だろう」
穴子などを頬張りながら、めいめいが勝手なことを口にする。
「こちらのお若い姐さんも、きれいだねえ。お名前は?」
土間に座り込んで湯呑で酒を呷る若い大工が、粉をかける。
「秀と申します」
「お姉さんは?」
「お楽です」
「お楽さんとお秀さんは姉妹だよね。ふたりともおきれいだこと」
「掃き溜めに二羽の鶴が舞い降りたようだねえ」
「俺たちは、掃き溜めかい?」
「ちがいねえ」
酔っ払いたちが、どっと笑った。
『酒の酌などさせられてはたまらない』と、お楽は微笑み、小首を傾げて会釈をするなり、お秀の手を引いて長屋を出た。
「先生は影も見せない。・・・いつもお姉ちゃんを置いてきぼり」
聖天稲荷の山影に、夕日が落ちかけていた。
「お秀ちゃん。それをいってはいけないわ。東洲斎さまは、身請けしてふたりの暮らしが立つようにしてくださった。それだけで、ありがたいことです。さあ、観音さまに先生のご無事をお祈りして帰りましょう」
・・・お秀を明るくたしなめたお楽だが、こころは重く沈んでいた。