東洲斎日和(第十一夜)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

咄嗟に長刀を抜き、頭上で横に渡して受け止めた東洲斎を、謙作が押し込んだ。
上から押しつけ、下から押し返す、・・・二本の刃を挟んで、鬼瓦のような謙作と髭面の東洲斎の顔が咬み合うようにして、にらみあった。
浮多郎も、町火消しも、ふたりの若侍も、謙作と東洲斎の一騎打ちを、固唾を呑んで見守っていた。
東洲斎が剣を引くと、誘いに乗らずに謙作も刀を引いて跳び退った。
・・・そのまま突っ込めば、かわされ、がら空きの胴を斬られると謙作は知っていた。
再び謙作は上段に構え、東洲斎は左下段に構えた。
東洲斎の構えには、覇気がない。
みずから攻め込む気配がまるでない。
『打ち込んでくるまで、半刻でも一刻でも待つ気だ。・・・あるいは、疲れを待とうというのか?』
謙作は、次第に焦れてきた。
構えを上段から右八双に変え、いきなり東洲斎の右の胴へ剣を走らせた。
脇差を逆手に抜きその攻撃を受けた東洲斎は、右手一本で握った長刀で謙作の右の足を刈った。
謙作が刀を返して、その長刀を払ったとき、右の脇が空いた。
そこへ、すかさず東洲斎がからだを寄せ、逆刃に握った脇差を横に払った。
・・・謙作はたまらず脇腹を押さえてうずくまった。
「みごと。東洲斎」
二階の欄干に足を掛けた火消しの棟梁が、手を打って喜んだ。
その横に顔を出した妾の柚希も、小袖を振った。
残ったふたりの若い侍が抜刀し、腰を落として身構えるのを、鳶口を突きつけた七人ほどの町火消し衆が取り囲んだ。
その時、天から声がした。
「水尾、山縣。両名とも剣を引け」
その場にいた全員が塀の上を見た。
見越しの松に片手を掛けた先手組の小頭・重野清十郎が、黒塀の上に立っていた。
「棟梁。火付盗賊改めの重野じゃ。この場は、これで収めてくれ」
重野は二階の棟梁に呼びかけた。
「いや。許せねえ」
棟梁は、重野の数倍するダミ声でいい返した。
「今度の瓦版の版木を作った辰一、摺った長次、売り歩いた要蔵を殺した罪は大きい。殺るんなら、どうしてこの黒幕の俺様を真っ先に殺らねえ。お門違いの蔦屋重三郎も襲ったそうじゃあねえか」
すごむ棟梁に気圧されたのか、重野はぐっと詰まった。
「あ、いや。そのことは今はじめて聞いた。そこにおる泪橋の浮多郎から奉行所に話を通じて詳しく調べさせよう。ただ・・・」
「ただ、・・・何だ?」
「お前の違法な陰富やら悪行の数々はとっくに調べがついておる」
「おお、上等じゃねえか。それがどうしたい。煮るなり焼くなり、してもらおう」
棟梁が啖呵を切ったので、重野は鼻白んだが、
「分かった。いずれ出るところへ出てもらおう。だが、今日のところはこの三名は、この重野清十郎の預かりとさせてもらう」
重野が手を振ると、襷鉢巻きに袴を腿高く取った先手組の捕り手が、門からなだれ込んで瞬く間に配下の三名を縛り上げた。
・・・浮多郎は、東洲斎を探したが、捕物騒ぎのさ中にその影を見失った。