新作「武蔵、最後の戦い」発売です!

新年おめでとうございます。

元旦を期して、新作「武蔵、最後の戦い」(電子書籍、税込み定価550円)を、AMAZON/KINDLEとRAKUTEN/KOBOで発売しました。

巌流島での佐々木小次郎との決闘から3年。
慶長二十年、大坂夏の陣で大坂城が落城し、豊臣家が滅亡するのに立ち会うことになった武蔵。
家康側近の苅谷城城主・水野勝成の客将となり、大坂夏の陣で戦う宮本武蔵を書いたのは、本書を嚆矢とします。
徳川将軍家の治世による平和の時代が始まる元和偃武の時代に、花も実もある武士道を究めようと焦る武蔵。
侍は強くなければならない。しかし、それ以上にひとに優しくなければならない。
文武二道の道を行く、ハードボイルドな武蔵。
その野心と苦悩を余すところなく描きました。

これは、吉川英治版「宮本武蔵」へのオマージュにして後日譚です。

また、「寛政捕物夜話」シリーズ三部作の続編の短編集も、この藤英二ブログで連載します。
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こちらでも、どうぞお付き合いのほどよろしくお願いします。

皆様のご健康とご発展をお祈りします。

令和2年(2020年)元旦

藤 英二

東洲斎日和(第十二夜・大団円)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

浮多郎は奉行所に駆け込んで、岡埜同心に今度の瓦版騒動を洗いざらい話した。
「火盗の重野も、いいところがあるじゃあねえか」
岡埜は、晴れ晴れとした顔でいった。
「そも、うちの若い源五郎が、要蔵殺しを抱き合い心中と間違えたのがつまずきのはじまりだった。重野の配下の箭内某が、瓦版を作ったり売ったりした下々の弱い者を血祭りにあげた下司のこころがいただけねえ。おまけに黒幕は蔦屋重三郎と読み違える始末だ」
「『紀文花見の図』の作者が、写楽と見たのは正しかったのですが・・・。写楽とくれば、蔦屋さんと京伝先生がすぐ思い浮かんだのでしょう」
「町奴だか火消しの棟梁が、陰富の黒幕だったとは驚きだったな」
「岡埜さまはこの事件をどのように落とし前を?」
「落とし前だって?」
岡埜は鼻先で笑った。
「奉行所は侍のことには、首は突っ込めねえ。ましてや、瓦版が公方さまを誹謗中傷しているなんざ、火盗のヒラが思いつくことじゃねえだろうよ」
「ということは・・・」
「どんぴしゃ。手前が思い描いた通りだよ。お奉行に圧力をかけて、われわれの捜査を押さえにかかった。それがうまくいったんで、蔦屋も狙わせたのだろう。いったいぜんたい、あの瓦版がほんとうに公方さまを揶揄しているのか、俺には分からねえ」
『紀文の顔はたしかにあの棟梁の顔に似ていた。花魁のひとりは妾の顔か。陰富の当り番号を知らせる瓦版に、じぶんと妾の顔を東洲斎に描かせただけではないのか?』
浮多郎は、『この国の支配者が、思い込みから恣意的に無辜の民の罪をでっちあげ、勝手に処罰している』と、義憤にかられた。
「重野さまは、ほんとうに部下たちが上の指示で勝手に動いているのを知らなかったのでしょうか?」
岡埜は四角い顎をさすりながら、奉行所の天井を見上げた。
「・・・さあな。そいつは手前が重野に聞いてみるんだな。こちとらは、調べたネタを重野に渡すだけだ」
―泪橋にもどると、悦が土間のあがりはなで膝小僧を抱え、浮多郎の帰りを待っていた。
お新が、ちょうど台所から握り飯を載せた皿を持ってきた。
「悦ちゃんが、浮さんに秘密の話があるんだって」
それを聞いた悦は、顔を赤らめた。
「大家さんから聞いたけど、・・・浮さんがお父を殺した悪い奴を捕まえたって。それでお礼に来たんだ」
悦は、必死におぼえたお礼のことばを口にした。
「ああ、それはちょっとちがうね。悪いお侍を斬ったのは、東洲斎先生だよ。おじさんは何もしていない」
「先生って、絵がうまいだけだけじゃなくて、剣も強いんだ」
「そうだね。それに、・・・とてもやさしい」
悦は、わが意を得たりと、しきりに首を振った。
―ちょうどその頃、聖天稲荷裏の東洲斎の長屋の前を行きつもどりつする、麗しい女性がいた。
それは、東洲斎のために丹精込めて縫い上げた紬をくるんだ風呂敷を抱えたお楽だった。
その時、若いが妙な色気のある女が怒って飛び出してきたので、お楽と鉢合わせした。
睨みつける女に恐れをなしたお楽は、「あら、ごめんなさい」と、逃げるように立ち去った。
・・・若い女は、玄治店の町奴の棟梁の妾の、柚希だった。

東洲斎日和(第十一夜)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

咄嗟に長刀を抜き、頭上で横に渡して受け止めた東洲斎を、謙作が押し込んだ。
上から押しつけ、下から押し返す、・・・二本の刃を挟んで、鬼瓦のような謙作と髭面の東洲斎の顔が咬み合うようにして、にらみあった。
浮多郎も、町火消しも、ふたりの若侍も、謙作と東洲斎の一騎打ちを、固唾を呑んで見守っていた。
東洲斎が剣を引くと、誘いに乗らずに謙作も刀を引いて跳び退った。
・・・そのまま突っ込めば、かわされ、がら空きの胴を斬られると謙作は知っていた。
再び謙作は上段に構え、東洲斎は左下段に構えた。
東洲斎の構えには、覇気がない。
みずから攻め込む気配がまるでない。
『打ち込んでくるまで、半刻でも一刻でも待つ気だ。・・・あるいは、疲れを待とうというのか?』
謙作は、次第に焦れてきた。
構えを上段から右八双に変え、いきなり東洲斎の右の胴へ剣を走らせた。
脇差を逆手に抜きその攻撃を受けた東洲斎は、右手一本で握った長刀で謙作の右の足を刈った。
謙作が刀を返して、その長刀を払ったとき、右の脇が空いた。
そこへ、すかさず東洲斎がからだを寄せ、逆刃に握った脇差を横に払った。
・・・謙作はたまらず脇腹を押さえてうずくまった。
「みごと。東洲斎」
二階の欄干に足を掛けた火消しの棟梁が、手を打って喜んだ。
その横に顔を出した妾の柚希も、小袖を振った。
残ったふたりの若い侍が抜刀し、腰を落として身構えるのを、鳶口を突きつけた七人ほどの町火消し衆が取り囲んだ。
その時、天から声がした。
「水尾、山縣。両名とも剣を引け」
その場にいた全員が塀の上を見た。
見越しの松に片手を掛けた先手組の小頭・重野清十郎が、黒塀の上に立っていた。
「棟梁。火付盗賊改めの重野じゃ。この場は、これで収めてくれ」
重野は二階の棟梁に呼びかけた。
「いや。許せねえ」
棟梁は、重野の数倍するダミ声でいい返した。
「今度の瓦版の版木を作った辰一、摺った長次、売り歩いた要蔵を殺した罪は大きい。殺るんなら、どうしてこの黒幕の俺様を真っ先に殺らねえ。お門違いの蔦屋重三郎も襲ったそうじゃあねえか」
すごむ棟梁に気圧されたのか、重野はぐっと詰まった。
「あ、いや。そのことは今はじめて聞いた。そこにおる泪橋の浮多郎から奉行所に話を通じて詳しく調べさせよう。ただ・・・」
「ただ、・・・何だ?」
「お前の違法な陰富やら悪行の数々はとっくに調べがついておる」
「おお、上等じゃねえか。それがどうしたい。煮るなり焼くなり、してもらおう」
棟梁が啖呵を切ったので、重野は鼻白んだが、
「分かった。いずれ出るところへ出てもらおう。だが、今日のところはこの三名は、この重野清十郎の預かりとさせてもらう」
重野が手を振ると、襷鉢巻きに袴を腿高く取った先手組の捕り手が、門からなだれ込んで瞬く間に配下の三名を縛り上げた。
・・・浮多郎は、東洲斎を探したが、捕物騒ぎのさ中にその影を見失った。

東洲斎日和(第十夜)-「寛政捕物夜話」連作短編集-

泪橋のお役者目明し浮多郎に、めずらしい客があった。
先手組の小頭の重野清十郎が、着流し姿で現れた。
中に招じ入れようとすると、重野は、「火頭としてではなく私人としてやって来た」
というので、泪橋のたもとで話を聞くことになった。
「組内に不穏な動きがある」
思い川の夏枯れした細い流れを見やりながら、重野はぽつりといった。
重野の下に箭内謙作という部下がいるが、どうも組内の若手らと語らって勝手に動いているという。
「謙作は、ここ二日ほど怪我をしたといって出仕していない。若手にたずねても何も答えない。いまいち釈然とせん。漏れ聞いた話では、『瓦版がけしからん』と、しきりに憤慨しているそうだ」
重野は、懐から瓦版を取り出した。
上段に富籤の当り番号、中ほどには紀伊国屋文左衛門が花魁を侍らせて花見をする錦絵が摺り込んであった。
浮多郎はひと目見て、これは写楽こと東洲斎の手であることがすぐに分かった。
「この紀文花見の図の、どこが『けしからん』のでしょうか?」
素知らぬふりをしてたずねると、
「分からん。この春の谷中感応寺の富籤興行の当り番号ではない。よく見ると、『感応寺』ではなく『惑応寺』とある。何か陰富とからんでいるかもしれん」
重野は、ひそかにこの箭内という男をさぐってくれという。
―家に帰って、養父の政五郎に瓦版を見せると、
「ははあ、惑応寺ねえ」
と、しきりに何か思い出そうと首を捻った。
「そうそう、感応寺の富籤興行のあとしばらくすると、この惑応寺の陰富がある。三文で買った当り籤が十六文ほどに化けるだけなので、お上もたいして目くじらは立てないが・・・」
「惑応寺ってどこにあるんで?」
浮多郎がたずねると、
「あはは、・・・そんなお寺はないよ。目くらましさ。瓦版売りが口上をいって陰富を売り歩くのだ」
政五郎は、世間を知らない息子を笑った。
―箭内謙作は駿河台の旗本屋敷に住んでいた。
重野によれば、若い謙作は大身旗本の次男の部屋住みで、駿河台から清水門外の先手組へ通っていた。
浮多郎は下っ引きの与太とともに、箭内家の門が見通せる駿河台の坂下で見張った。
ある日、日が傾きだしたころ、若い侍がふたり坂を登って門に吸い込まれていくのが見えた。
しばらくすると、顎の下を包帯で巻いた鬼瓦のような武骨な侍が若いふたりの侍を引き連れて坂を下りて来た。
あわてて路地に隠れて、三人をやり過ごしてから後をつけた。
一行が、駿河台下から和泉橋を渡って神田に入り、玄冶店近くへ来ると三人の侍は黒覆面を被った。
浮多郎は、すぐさま清水門外の先手組へ与太を走らせた。
辺りはすでに薄暗くなっていた。
三人の侍の狙いは、どうもこの先の二階造りの町屋のようだった。
半時ほど暗闇が一帯を覆うのを待って、三人はかねて用意の縄梯子を黒塀にかけてよじ登りはじめた。
浮多郎は、足元の二三の小石を拾うと、二階の障子戸めがけて投げつけた。
障子戸が開き、町火消の装束をした大男が顔を出し、足を欄干に掛け、手にしたガンドウで下を照らした。
門の木戸を十手でこじ開けて、左手の枝折戸を押し入った先が坪庭だった。
廊下に並べられた雪洞に灯りが点り、庭を煌々と照らしていた。
雪洞の裏から町火消の衣装の一隊が現れ、鳶口を槍のように突き出した。
ひとの気配に振り向くと、髭面の東洲斎が浮多郎の横をすり抜けて、坪庭に入った。
「おのれ東洲斎、謀ったな!」
箭内謙作が叫んだ。
「いつぞや、『飛んで火に入る夏の虫』と拙者を嘲ったが、そのままお返ししよう」
東洲斎が一歩踏み込むと、謙作は長刀を抜き上段に構え、さらに一歩を踏み出すと、唸りを上げた謙作の長刀が頭上に降って来た。