「変身」(あとがき)

「変身」(あとがき)

カフカ研究家でもない私に、「変身」の独創的な解釈ができるわけもない。
「変身」のシチュエーションを現代の日本に置き換えたらどんな話になるだろうと興味本位で翻案してみた。
しかし、冒頭だけ書いてみて、カフカが原稿を書いた1912年10月の孤独感と絶望感が、100年経った現代でもほとんど変わっていないのに愕然としました。
カフカの独創的な絶望の書がどのような心情と社会的な背景から生まれたのか、非常に興味があるところです。
ご参考までに、ネット上にある情報をとりまとめてみました。
もっとも、この情報がどこまで信憑性があるかは何ともいえないところですが・・・。
ポイント-1:
フランツ・カフカ(1883年7月3日誕生、1924年6月3日没)、ユダヤ人、チェコ・プラハ生まれ。
1912年10月~11月に「変身」をドイツ語で執筆(カフカ29歳)。
1915年12月「変身」刊行。
カフカの作品ではわずかに「変身」などが生前に出版され、「死んだら焼き捨ててくれ」といい残した未完成の作品が、友人のマックス・ブロートなどによって出版された。
ポイント-2:
「変身」の原稿をマックス・ブロートらの友人の前で朗読した時は、絶えず笑いをもらし、時には噴き出しながら読み聞かせた。
「本人はコメディーとして書いた」と、もっともらしい解説がある。
出版時には、表紙などには、「昆虫そのものを遠くからでも姿を見せてはいけない」と注文をつけた。
装丁や表紙イラストによって、「作品が暗く切迫して見える」ことに不満を抱いていた。
ポイント-3:
「無数の足と固い甲殻を背負った褐色の毒虫」と文中にあるので、主人公が変身したのはゴキブリの一種という見方が西ヨーロッパでは一般的のようだ。
「害のある鳥や小動物を含む生物全般」という別の見方もあるが、毒虫とか害虫というのは共通した認識のようだ。
【個人の感想】
生物体系のヒエラルキーでいくと昆虫のポジションはそれほど高くはない。
ゴキブリとなるとその昆虫の中でも最低級の扱いだろう。
ヒエラルキーのトップに君臨する人間が最下層級の毒虫に変身するとは!
作家はいったい何を考えているのか?
翻案では、(はじめて読んだ時の思い込みそのままに)青虫としました。
ゴキブリとしなかったのは、それでは生物の長である人間サマに申し訳ない、身もふたもないと思ったからです。
作家はこの毒虫を薄気味悪くリアルに描写していて、この小説を寓話としてとらえる解釈を木っ端微塵にしています。
「青虫などの翻案では大甘だ」と、カフカに叱られそうです。

「変身」(おしまい)

「変身」(おしまい)
虞礼吾は自室に閉じこもって暮らすことにした。
いつか奇跡が起こり、元のからだにもどることをひたすら神様に願った。
父親と母親はどうやら仕事を見つけたようだ。
母親は仕事に出かける前に必ず部屋の前で、
「虞礼吾、起きてる?今から仕事に行ってくるからね」
と猫撫で声をかけてから出かけた。
声はやさし気だが、「起きてる?」が「生きてる?」に聞こえてしかたがなかった。
というのも、母親が階段を降りる時、
「あのごくつぶしめが」
と、ひとり言をいうのがはっきりと聞こえたからだ。
父親は二階に上がってくることはなかった。
妹は学校から帰ると、キャベツを丸ごと部屋に投げ入れてくれた。
どうも、それはは母親に禁じられていたようだが、学校の帰りに八百屋で買って帰るのが妹の日課になっていた。
キャベツにかぶりついている間、妹はヴァイオリンを奏でてくれた。
拙い演奏だったが、その音色はこころに沁みた。
虫に変身してからのほうが、芸術というものがよく理解できるというのも変な話だが・・・。
「早く結婚して」
と会うたびにいっていた社長秘書のフィアンセがこの家を訪れることはなかった。
出社できないので会社もとっくに馘になっただろうから、彼女はじぶんのことなどすっかり忘れたにちがいない。
何せ美人で気立てもいいから、社長をはじめ、エリート社員の間で入れ食い状態になっているだろう。
「すべては、こんなからだになってしまったじぶんが悪いのだ」
虞礼吾は心底そう思った。
やがて、妹がキャベツを投げ入れなくなった。
ヴァイオリンを弾くこともなくなった。
きっと母親が妹を咎めて二階に上がることを禁じたにちがいない。
次第にからだが弱って干からびてくるのが分かった。
関節を活発に動かして壁と床を這いまわることもできなくなかった。
ある日、扉の外で父親がひとを連れて来る気配がした。
「とにかくこの部屋は広いし日当たりがよくて快適です。格安でお得ですよ。今はちょっと事情があってお見せできないのですが、改装してからになります。いつから借りられるかですって?・・・たぶん、来月あたりになるでしょうね」
商売下手の父親が間借り人に揉み手をする様子が目に浮かんだ。
たしかにこの部屋は、壁といわず床といわずじぶんが這いまわってつけた半透明の体液の跡で素敵に汚れていた。
【カフカ作「変身」の勝手な翻案です。藤英二】

「変身」(その3)

「変身」(その3)
時間はかかったが、虞礼吾は電車を乗り継いでなんとか家へ帰った。
父親も母親も妹も声をかけず、ただ手をこまねいて虞礼吾を遠くから見ているようだった。
ともかくベッドに潜り込んで寝るしかなかった。
「なに、ひと晩寝れば元にもどるさ・・・」
そうひとり呟いたが、
「元にもどらなかったら大変だ・・・」
という不安な思いが次第につのってきて寝つけなかった。
「このままでは眠れないのでは」
と案じたが、たいへんな大旅行をしてへとへとに疲れていたので、うつうつとしながらもなんとか眠ることができた。
翌朝、窓に差す朝の光で目が覚めた。
跳ね起きて布団を剥いでからだを見ると・・・。
きのうと何一つ変わらない、ぐにゃぐにゃとした細長い緑の棒のようなからだのままだった。
泣くしかなかった。
涙とよだれが入り混じったねばねばした緑色の体液が枕を濡らした。
子供のころ、虫を踏みつぶした祟りではないかと思った。
だが、どう思い返してみても、虫を殺した記憶などなかった。
「ああ、神様。これはきっと悪い行いをした報いです。どうか犯した罪をお赦しください」
膝まづいて祈ろうとした。
だが、そうした姿勢はとれないことが分かったので、百本もある短い触覚のような足を使って、やっとこさ俯せになって、ひたすら祈った。
「今日も具合が悪いので休ませてください」
と会社に電話しようとしたが、じぶんのこんな声では意味不明で伝わらないと思い、ママに電話してもらおうとして階下に降りた。
だが、居間にはだれもいなかった。
テーブルの上に母親の置手紙があった。
それには、
「パパとママは仕事を探しに行くので、虞礼吾は病院へ行きなさい」
とあった。
笑うしかなかった。
何科にかかればいいというのか。
内科?
外科?
皮膚科?
整形外科?
心療内科?
だいいち病院の受付で捕らえられて、警察だか動物病院だか(もしあれば)昆虫動物園にでも送られるのがオチだろう。
【カフカ作「変身」の勝手な翻案です。藤英二】