「6月の花嫁は二度死ぬ~快楽の報酬~124.ジューン・ブライド(8)」をカクヨムにアップしました

「ええ、たしかに。う~ん、もしかして、それって処女の売り値じゃないかしら」
「えっ、処女って売り買いできるんですか?」
女の子が素っ頓狂な声を頭のてっぺんから出したが、はしたないと思ったのか、あわてて両手で口を押さえた。

【「6月の花嫁は二度死ぬ~快楽の報酬~124.ジューン・ブライド(8)」をカクヨムにアップしました】

「変身」(その2)

「変身」(その2)
会社を休むわけにはいかなかった。
虞礼吾は、入社以来有給休暇など一日たりとも取ったことがない。
それで同期のだれよりも成績をあげて、今やワンマン社長のペットと噂され、すべての大事なプロジェクトのリーダーを任されるようになった。
父親はからだを壊し、思ったより早く会社を辞めることになった。
それで、父親が80歳まで払う家のローンも生活費もすべて虞礼吾が肩代わりしていた。
高校生の妹はヴァイオリンが得意で、プロのヴァイオリニストを目指して学費のバカ高い音楽大学を受験しようとしていた。
その学費やら、プロを目指すためにこれからかかるすべての費用を虞礼吾が持つことにしていた。
だから、休みなく働いて、ワンマン社長に次ぐ高いポジションを得て、高い給料をもらわなければならない。
それに、高嶺の花といわれる社長秘書といい仲になり、ひそかに婚約もしていた。
フィアンセはデートの度に、
「いつ結婚してくれるの?」
と早い結婚をせがんだ。
どうやら、社長のアプローチが凄いので、一刻も早くその魔の手から逃れたがっているのが本音なのだろうが・・・。
なおさら、馬車馬のように働かねばならなかった。
駅まで這ってたどりつき、やや空きはじめた電車乗ると、じぶんのまわり3メートル以内には乗客はだれも近寄らなかった。
おかげで、いつもの押し合いへし合いする満員状態でなく、ゆっくりと楽に座って通勤することができた。
会社に出ると、みんな驚いて虞礼吾を見たが、目をそらして、何も見なかったようにパソコンの画面を見るふりをした。
倒れ込むようにして扉を開けて会議室に入ったが、議論に熱中するエリート社員たちは、床を這う虞礼吾にだれひとり気がつかない。
じぶんが座るべき椅子に這いあがると、正面の机に腰をかけてあたりを睥睨していた社長が、驚いて叫び声をあげた。
「遅くなってごめんなさい。体調がすぐれなかったものですから」
頭を下げて心から謝ったが、その声は割れ鐘のように不気味に会議室に響くだけだった。
おまけに、頭を下げた拍子に、口からねばねばした緑色の液体を会議テーブルの上に吐き出したので、エリート社員たちはいっせいに飛びすさった。
「その怪物を何とかしろ。救急車を呼べ。いや、110番だ!」
と、社長が喚き散らした。
「社長、残間です。社長のお気に入り社員ナンバーワンの残間です。大事な会議に遅れた上に、こんなかっこうになってしまい申し訳ありません。必ず元にもどって、今までの2倍も3倍も働きますのでどうかお許しください」
社長の足元に這い寄った虞礼吾は、土下座せんばかりにして哀願したが、
「しっし、近寄るな。あっちへ行け」
と社長は怒鳴り、あまつさえ片隅にあったゴルフクラブで威嚇しはじめた。
社長が突き出したゴルフクラブがからだのあちこち当たって痛めつけられ、遠くでサイレンの音も聞こえてきたので、虞礼吾はほうほうのていで会議室を逃げ出した。
その時社長秘書のフィアンセが駆けつけ、エレベータの扉を開け、手ではなくハイヒールの靴で虞礼吾の尻を蹴るようにしてエレベータに押し込んだ。
「残間さん。必ず治ってくださいね。わたし待っていますわ」
フィアンセはそういうと、エレベータの1Fのボタンを押して、じぶんは扉が閉まる間際にひらりと飛び降りた。
【カフカ作「変身」の勝手な翻案です。藤英二】

「変身」(その1)

「変身」(その1)
ある日の朝、残間虞礼吾が目覚めたとき、じぶんが大きな虫に変身しているのに気がついた。
そんなことより驚いたのは、机の上の目覚まし時計がいつも起きる6時をだいぶ過ぎていたことだ。
月曜日の朝は週のはじめの朝礼があり、社長の訓示のあと若手エリート集団のリーダーの虞礼吾が、今週の目標を伝え、全員で目標達成を誓うことになっている。
朝礼の後は、今年後半の営業方針を決める大事な会議の司会進行を任されていた。
「これは大変だ」
いつも後輩に「時間を厳守しろ」と説教をしているのに、これでは示しがつかない。
ベッドを抜け出そうとするが、手も足もないので、布団の中でもぞもぞするだけだ。
百本ほどの短い触覚のようなものを総動員してやっと布団を剥ぐだけで大汗をかいた。
ずんぐりとした多関節の虫である利点を生かし、下半身を折り曲げてなんとか床に降り立った。
ワードローブで、ズボンをはこうとしたが、手が使えないので、ズボンの片足に下半身をなんとかもぐり込ませるしかなかった。
ワイシャツに腕を通そうにも腕がないので、これは背中にまとうしかなかった。
ネクタイが難題だった。
口でくわえてなんとか首に巻こうとするが、何せ一本の肉の棒のようなからだになってしまったので、首というものがない。
どんどん時間が経つので、ただただ焦るばかりだ。
その時、扉を叩く音がした。
「虞礼吾どうしたの?いつも家を出る時間をとっくに過ぎてるわよ」
ママが扉の外から声をかけた。
「はい、ママ。すぐ行くね」
と答えたつもりだが、かすれたうめき声のような声しか出なかった。
とにかくジャケットと鞄を背中に乗せて、扉を頭で押し開けて階段を降りた。
多関節なので、自在に伸びたり縮んだりしながら前へ進むのには問題がなかった。
居間のソファで新聞を読んでいたパパが驚いて新聞を取り落とし、ちょうど台所から朝食のハムエッグとトーストの大皿を運んできたママが悲鳴をあげた。
「ママ、遅れたから朝食はいらないよ。せっかく作ってくれたのに悪いね」
そういったつもりだがうまく声にならず、ママにはうめき声にしか聞こえなかったはずだ。
そのまま玄関へ向かうと、
「虞礼吾、お前、具合でも悪いんじゃないかい。会社にはママから電話しておくから今日は休んだらどうだい」
ママがやさしく声をかけた。
【カフカ「変身」の翻案です。藤英二】