「6月の花嫁は二度死ぬ」逃避行(3)をカクヨムにアップしました

ずいぶんと早く目が覚めた。
壁の上方の明り取りの窓に薄日が差していた。
腕時計を透かし見ると、まだ6時だ。
もう一度寝ようとしたが、どうにも寝付けない。
起き出して、廊下の突き当りの共同洗面所で洗顔してから、山谷の朝の散歩としゃれこんだ。
朝霧が晴れかかる玉姫稲荷を取り囲むようにして、よれた作業服を着た男たちが思い思いの恰好で寝転がっていた。
ドヤ代を払えない男たちが、ここで夜を明かしたようだ。
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「6月の花嫁は二度死ぬ」逃避行(2)をカクヨムにアップしました

ルームキーをもらい、一階の右奥の部屋に入った。
畳3枚分の広さの、監獄の個室のようなフローリングの部屋だ。
正面の壁際に、三つに折られたマットレスが置かれ、その上に畳んだシーツと枕が乗っていた。
掛け布団がないのは、エアコンで室温を調節すれば、裸でも寝れるということか・・・。
枕の上に、近隣の銭湯とハローワークの地図とホテル内での注意事項(特に禁煙・火気厳禁)を列記したファイル帳が置いてあった。
【「6月の花嫁は二度死ぬ」逃避行(2)をカクヨムにアップしました】

「6月の花嫁は二度死ぬ」逃避行(1)をカクヨムにアップしました

思い川は南千住三丁目の東南部にあった堀。
音無川の支流で、明治通り北側に沿って流れ、橋場の渡しの北で墨田川に合流していた。
源頼朝がこの川で馬を洗ったことから、古くは駒洗川と呼ばれていた。
思い川と日光街道が交差する所にかかっていた橋が涙橋。
泪橋とも書く。
橋名の由来は、小塚原の御仕置場に赴く囚人たちが現世を去るに際して涙を流しながら渡ったからとも、囚人の知人が今生の別れを惜しんで袖を濡らしたからだとも伝える。
三ノ輪で地下鉄を下り、明治通りを北へしばらく歩いたところに立つ荒川区の案内板に、おおよそそんなことが書いてある。
しかし、リュックに全財産を詰め込んで山谷にやって来たのは、そんな歴史探訪が目的ではない。
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