2.26事件と映画「動乱」

高倉健と吉永小百合共演の映画「動乱」は2.26事件を背景とした純愛ドラマ仕立てでよくできている。
2部作で長いが、とても好きな映画だ。
小隊長・高倉健の部下が脱走を企てて捕まる。
貧しさゆえに姉の薫(吉永小百合)が芸者に身売りされるのをなんとかしようとしたのだが・・・
たしかに2.26事件が起こった昭和初期は世界不況の真っただ中で、地方では娘を女郎や芸者に売らなければ、食っていけなかったのは確かだ。
そこで青年将校たちが決起し、国に巣食っている悪徳政治家を一掃して、天皇親政によって日本維新をもたらそうとテロを起こした。
クーデタなら軍が政治を掌握するのだが、青年将校たちにはそこまでのプランはなかった。
映画「動乱」では、私利私欲ではなく「国を救う純なこころ」で行動を起こす2.26事件をヒロイズムとして描いている。
天皇親政が実現すればあとは自決するのみ・・・
政治的イデオローグもプランもないヒロイズムによる単なるテロでしかなかったので、天皇は逆に激怒して彼ら1483名を反乱軍として鎮圧するよう軍に命じた。
クーデタとか革命とかにロマンを感じる人も多いだろう。
しかし情緒に駆られて「純粋なこころで」行動すれば、もっと巨大な「悪」に利用され、事態はさらに悪くなるだけではないか。
2.26事件のあとにのし上がってきて最後は国を滅ぼしたのが東条英樹であり、ロシア革命のあとではスターリンが暴虐な独裁者として長く君臨した。

徳川家康の実像

徳川家康は晩年は身長159CMに体重70Kgで、そのうえ胴長短足で胴囲が100CMを超えていたようです。
慶長20年(1615年)5月の大坂夏の陣では、暑さと老齢から鎧兜の具足は着けず、羽織に草鞋の軽装だった。
そうとうな肥満で具足が着用できなかったのがほんとうのところです。
武士道は弓馬の道ともいわれ、上級武将のたしなみは騎馬に乗って弓を射ることです。
時代劇の映画やTVドラマでは、騎馬に跨った武士が丘を疾駆する雄姿を見ますが、これはありえないことです。
まず、映画ではたぶんサラブレッドなどのスタイルのよい競走馬を走らせているのでしょうが、戦国時代の馬のサイズは今でいうポニークラスでした。
そこへ、30Kgほどの甲冑に身を固めた60Kgほどの侍が乗るのですから、そんなに早くは走れません。
(現代の競馬学校の卒業生の体重のリミットは47.5Kgです)
しかも、それほど調教されていない馬なので、従卒が馬の口取りを引いてあちこち引き回すのです。
しょせん人間以上に早く走ることはできなかったということです。
今をさかのぼる400年も昔の戦場での武士の雄姿とはしょせんそんなものです。
しかし、その英雄伝説と戦争の人間ドラマにはいささかの陰りもありません。

SAMURAIは首狩り族?

時代劇のTVドラマや映画では、勇壮な戦いのシーンがこれでもかとリアルに再現される。
しかし、倒した敵将の首を二つも三つも腰にぶら下げて疾駆するシーンは決して再現されない。
倒した敵の首を取ることは・・・
たしかに討ち果たしたという証拠品を味方に誇示して、褒賞をもらうのには欠かせない武士の正しい作法だった。
首実験して敵の有力な武将が死んだことを確認し、味方も勝利を確信した。
重い具足を着け腰に首をぶら下げてよろよろと歩くSAMURAIの姿はグロテスクすぎて映画やTVでは絵にはならない。
アフリカの首狩り族を野蛮人ときめつけるが、敵の首を刈ったりじぶんの腹を切ったりするSAMURAIもそうとう野蛮だ。
生首はポータビリティにすぐれた戦利品だったのか?
西洋人もSAMURAIを野蛮人というなかれ!
母の不倫を非難する預言者・ヨハネの首を所望するサロメが聖書に登場する。
西洋の古典絵画では、皿にのせられたヨハネの血まみれの首を恍惚の表情で見るサロメが、これでもかとばかりにリアルに描かれている。
・・・シンボリックに描いたビアズリーのイラストはまだ救われる。